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福井地方裁判所 昭和55年(ワ)70号 判決

原告 五十嵐常治

被告 国

代理人 服部勝彦 加藤元人 永井良治 ほか四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一三六万四九〇〇円及びうち金一〇四万六九〇〇円に対する昭和五三年一二月一四日から、うち金三〇万一三〇〇円に対する昭和五四年八月二六日から、うち金一万六七〇〇円に対する昭和五四年一一月二〇日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨。

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四七年一一月二〇日他から別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産という)を代金一一〇〇万円で買受け、昭和五二年一一月一五日訴外福井ボイラー工業株式会社に対し、これを未使用のまま代金一四五〇万円で売渡した。

2  原告は、昭和四七年一一月二五日訴外株式会社福井銀行から金一一〇〇万円を、同年一二月から毎月金六万円宛割賦返済し、昭和六三年二月二八り日限残額金八万円を返済する旨の約定で借受け、これを右購入代金に充てた。

その後、原告は、右約定に従い昭和五二年一〇月まで右割賦金を返済してきたが、同年一一月一五日前記売却代金で残額全部を繰上返済し、その間右借入金の利息として合計金四〇九万一五四一円を同銀行に支払つた。

3  原告は、昭和五三年三月一五日、福井税務署長に対し、昭和五二年分の所得税について別表(一)「確定申告」欄記載のとおり確定申告をしたが、その際本件不動産の売却に伴う分離短期譲渡所得については、別表(二)「確定申告額」欄記載のとおり右借入金の支払利息金四〇九万一五四一円を取得費に算入して金九五万六二〇五円の損失として申告をしたところ、同月三一日還付加算金を含め金一四万八三〇〇円の還付を受けた。

4  ところが、福井税務署長は、同年一二月ころ、原告に対し、前記分離短期譲渡所得について譲渡所得の計算上本件不動産の取得に要した借入金利子の取得費算入は認められないとの見解に基づいて修正申告をするよう指導した。

5  原告は、不本意ながら右指導に応じ、同月一九日福井税務署長に対し、別表(一)「修正申告」欄及び別表(二)「修正申告額」欄記載のとおり修正申告をし、かつ、これに先立ち同月一三日同申告どおりの所得税額金九四万七九〇〇円、加算税額金四万七三〇〇円及び延滞税額金一〇万五五〇〇円、以上合計金一一〇万〇七〇〇円を納付したところ、昭和五四年一月二三日過納分として金五万三八〇〇円の還付を受けた。

6  右修正申告には計算上の誤りがあつたので、原告は、同年八月二七日福井税務署長の指導に基づき別表(一)「再修正申告」欄記載のとおり再修正申告をし、これに先立ち同月二五日同申告どおり所得税額金三〇万一三〇〇円を納付し、さらに同年一一月一九日延滞税額金一万六七〇〇円を納付した。

7  しかし、原告が納付した前記5及び6の各金員は、不当利得として原告に返還すべきものである。その理由は次のとおりである。

(一)(1) 金銭を支払つて資産を取得した場合において、その代金の支払に引当てるべき金銭を他から借入れた場合に支払われる相当額の借入金利子は、所得税法三八条一項の「資産の取得に要した金額」に含めるべきものである。

なお、たな卸資産の評価に関する所得税法施行令一〇三条及び減価償却資産の償却方法に関する同施行令一二六条が各取得価額に該当する金額を定めるについて、取得のための借入金利子について触れていないことから、これらの場合の資産取得価額には借入金利子が含まれないとする解釈が是認されるとしても、これらの場合においては借入金利子支払額をその年の必要経費として総収入金額から控除することが可能なわけであるから、これらと制度の本質を異にする譲渡所得の場合、とくに本件のような非業務用資産の譲渡の場合の取得費についての解釈が右と同様になされなければならないわけではない(東京高判昭和五四年六月二六日東高時報三〇巻六号民一六〇頁参照)。

本件において、原告は、金一一〇〇万円で取得した資産を約五年後に金一四五〇万円で転売しているので、その間の値上り益は金三五〇万円であるから、他方右資産の取得のための借入金利子金四〇九万一五四一円のほかに資産の取得及び譲渡の諸費用として金一〇三万九二〇〇円を支出している。譲渡所得課税の本質は、資産の保有期間の値上りによつて所有者に帰属する利益に担税力を認め、その資産が他に譲渡される機会に課税する趣旨のものであるところ、このように実質上の所得がマイナスであるにもかかわらず、高額の譲渡所得税が課せられることは、譲渡所得課税の趣旨からも容認し難いところであり、極めて不合理であるというべきである。

(2) 業務用資産であろうと非業務用資産であろうと、本来資産取得のための借入金の利子はひとしく資産の取得費を構成するのであるから、これに反する国税庁の措置は行政上の便宜的取扱であるといわなければならない。

そして、個人の非業務用資産の譲渡に関する所得税基本通達三八―八は、「固定資産の取得のために借入れた資金の利子(賦払の契約により購入した固定資産に係る購入代価と賦払期間中の利息及び賦払金の回収費用等に相当する金額とが明らかに区分されている場合におけるその利息及び回収費用等に相当する金額を含む。)のうち、当該固定資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の金額は、業務の用に供される資産に係るもので三七―二七(別紙基本通達その一)又は三七―二八(右同その二)により当該業務に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されたものを除き、当該固定資産の取得費又は取得価額に算入する」というものであるが、借入金利子の取得費算入がこのように「当該資産の使用開始の日までの期間」に対応する部分に限定されなければならない理由はない。

(二) 仮に、右(一)の主張が認められないとしても、原告は前記のとおり本件不動産を未使用のまま他に譲渡したのであるから、福井税務署長は右通達を適用すべきであつたのに、これをせず、前記5及び6の各金員を収納したのである。したがつて、右通達を前提としても、被告が右金員を収納する根拠はないというべきである。

(三)(1) 確定申告書の記載内容の錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合には、右法定の方法によらずに申告書の記載内容の錯誤を主張して誤つて納付した税額を不当利得として返還請求することが許されるというべきである(最判昭和三九年一〇月二二日民集一八巻八号一七六二頁参照)。そして右の「客観的に明白な錯誤」とは、計算上の誤りや法令適用の誤りなど申告書の記載上で容易に発見することができる誤りを意味すると解されるところ、原告の前記修正申告及び再修正申告における各申告書の錯誤は、本来取得費に算入すべき借入金利子を取得費から除外して計算している点にあるわけであるから、申告書の記載上明らかな法令適用上の誤りであり、客観的に明白なものというべきである。

(2) 次に、納付税額の過誤納の原因が申告、更正、決定等の租税債権の確定行為に基づくときは、その確定行為が当然無効と解される場合でない限り、税法の救済規定によりまず当該確定行為を取消したうえでなければ、不当利得として納付税額の返還を請求することができないと解するのが原則であるが、税法上然るべき救済規定が設けられていない場合、または税法上の救済規定により得ない正当の事由がある場合など納付税額の返還請求を認めないことが著しく正義公平の原則に反する特段の事情がある場合は、法の一般原則である不当利得の法理により、当該確定行為の取消を経ないで納付税額の返還請求が認められるべきである(最判昭和四九年三月八日民集二八巻二号一八六頁参照)。

本件において、原告は、税額を納付したものの、前記修正申告及び再修正申告による申告税額は過大であり、当初の申告税額が正しいと確信していたので、昭和五四年一〇月一六日福井税務署長に対し過誤納金還付請求書を提出し、誤つた前記修正申告及び再修正申告に基づいて納付した税額の返還を請求した。右請求は、国税通則法二三条に基づく適法な更正の請求とみなされるべきである。しかるに、福井税務署長は、過大な申告税額について然るべき減額更正をなさず、右請求を黙殺したままである。このような事情のもとでは、原告は、右判決の趣旨からも不当利得の法理によつて誤つて納付した税額の返還を請求することができるというべきである。

8  よつて、原告は被告に対し、右不当利得金合計金一三六万四九〇〇円及びうち金一〇四万六九〇〇円に対する納付日の翌日である昭和五三年一二月一四日から、うち金三〇万一三〇〇円に対する右同昭和五四年八月二六日から、うち金一万六七〇〇円に対する右同昭和五四年一一月二〇日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1のうち、原告が原告主張のとおり本件不動産を福井ボイラー工業株式会社に売渡したことは認めるが、本件不動産が未使用であつたことは否認する。同1のその余の事実は不知。

2  同2の事実は不知。

3  同3ないし6の各事実は認める。

但し、同5のうち、原告が福井税務署長の指導に応じたことが不本意であつたとの点は不知。

4  同7の主張は争う。

5  そもそも、納税申告は税額確定の効力を有するものであり(国税通則法一六条一項一号)、原告の前記各修正申告によつて同申告書記載の税額は確定したのであつて、ここに税額の確定とは納税者の租税債務の発生を意味するのである。したがつて、原告の前記各修正申告による税額の納付は、税法所定の税額確定の手続によつて発生した租税債務の履行にほかならず、そこに不当利得の生ずる余地はない。

6(一)(1) 資産の取得に要した借入金の利子は、所得税法三八条一項に規定する「資産の取得に要した金額」に該当しないというべきである。

すなわち、譲渡所得とは、不動産所得、事業所得または雑所得のように投下資本の生産力による収益ではなく、資産そのものの騰貴により逐年発生している増加益であつて、しかも、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税することとしている関係上、期間計算に親しまない性質のものである。このように譲渡所得の本質が資産の保有期間中の値上り益に対する清算課税であることから、同項にいう取得費である「資産の取得に要した金額」とは、その資産の取得の時までに、その取得のために直接必要とした費用、すなわちその資産の購入代価及び購入手数料、登録費用等購入に直接付随する費用をいうものと解される。

ところで、資産を購入するための借入金に対する利子は、当該資産の購入に付随して直接支出するという性質のものではなく、資産の購入に要する支出にあてるための資金を他から借入れたことによつて支出するものであるから、資産の購入との関係ではそれはあくまで間接的な支出にすぎないというべきである。

また、負債利子は、一般に原価性を有しないものであつて、このことは、たな卸資産及び減価償却資産の取得について各規定した所得税法施行令一〇三条及び一二六条の規定が、これらの資産購入に関しこの借入金利子について全く触れておらず、これらの資産の取得価額には借入金利子が含まれないと解されていることによつても明らかである。したがつて、借入金利子は、譲渡所得の計算上も、所得税法三八条一項にいう「資産の取得に要した金額」にはあたらないというべきである。そして、借入金利子が同項にいう設備費や改良費にあたらないことは、性質上明らかである。

(2) なお、税務行政上は通達により個人の非業務用資産の取得のための借入金利子については、一定の条件のもとで取得費に算入することを認める取扱がなされている。これは、個人の非業務用資産の取扱と法人及び個人の業務用資産における取扱との均衡上とられている税務政策上の措置である。

すなわち、法人税においては固定資産の取得のための借入金の利子は、これを固定資産の取得価額に算入するにせよ、その発生時の損金に算入するにせよ、その損金算入の時期に差異が生じるにすぎず、いずれも結果的には損金に算入されるものであるところから、当該固定資産の使用開始前の期間に係る部分の借入金の利子は、法人の経理処理に従い、取得価額算入とその発生時の損金算入のいずれか一方の任意選択を認めており、さらに個人の業務用固定資産を取得するための借入金の利子についても、法人税と同様の事情にあるところから、法人税の取扱に準じた取扱をしている(別紙基本通達その一)。

他方、個人の非業務用資産の取得のための借入金の利子については、右のような事情は存在しないから、その使用開始前の期間に係る部分の利子であつても、これを取得費に算入するという理由はないのであるが、個人の取得した資産が業務の用に供することを目的として取得したものか、業務の用に供しないことを目的として取得したものかは、その資産の使用を開始し得る状態に至るまでは、第三者にとつては明らかでないこと、また業務用資産と非業務用資産の取得費について差異を設けることは、納税者の納得を得がたいことから、その取得目的のいかんを問わず、その使用開始の日までの期間に係る部分の借入金の利子は、取得費に含めることとしている(前記所得税基本通達三八―八)。これは、もっぱら税務政策上の措置にすぎず、いわば理論と実務の要請との妥協の産物であるということができる。そして、この趣旨からすれば、通達にいう「使用開始の日」とは、社会通念上その資産を本来の用途に従つて使用をなし得る状態に至つた日と解すべきであり、資産を取得した後使用し得る状態にあるにもかかわらず、その使用をせず放置している資産については通達の適用はないというべきであり、税務行政の実務上もこのような方向で通達の運用が行なわれてきた。したがつて原告が本件不動産を仮に未使用のまま放置していたとしても、通達の適用はないというべきである。

しかも、原告は、本件不動産を取得した直後から福井ボイラー工業株式会社に譲渡するまでの間、実弟である訴外五十嵐正明、智子夫婦にこれを住宅として使用させていたのである。したがつて通達にいう「当該固定資産の使用開始までの期間」が存在しないのであるから右通達を適用する余地は全くない。

(3) 以上のとおり、原告の主張は、所得税法三八条一項の規定の解釈からも、また税務の実務上の取扱からも理由がない。

(二) 原告は、所得税法三八条の規定により本件借入金利子が譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費に含まれないとの理解に立つて本件譲渡所得につき前記修正申告をしたのであり、右理解については何ら誤りがないし、この点につき学説が多岐にわたつている現状にあつては、これを否定する裁判例があるからといつて、直ちに前記修正申告書及び再修正申告書の記載内容について錯誤があつたものとすることはできないというべく、ましてそれが原告の引用する昭和三九年の最高裁判例にいう「客観的に明白かつ重大な」錯誤にあたらないことはいうまでもない。

なお、原告が引用している昭和四九年の最高裁判例は、雑所得の収入金額が後日回収不能になつた場合の調整規定を設けなかつた昭和二二年法律二七号旧所得税法当時の事案であつて、本件事案に妥当しないというべきである。

三  抗弁

納税申告書を提出した者は、申告書に記載した税額等が適正に計算したときの税額等に比べて過大であることを後日発見しても、当該申告書に係る国税の法定申告期限から一年以内の期限を経過した後においては、もはや申告書に記載された税額等を争うことは許されない(国税通則法二三条一項)。

原告は、法定申告期限である昭和五三年三月一五日から一年以内に同項に基づく更正の請求をしなかつたから、原告の納付にかかる本件の税額は、既に適法に確定したものというべく、もはや原告は、右税額につき前記修正申告と異なる主張はしえないというべきである。

なお、同項に定める更正の請求ができる期間の計算については、納税者が法定申告期限後に修正申告をした場合であつても当該国税の法定申告期限から一年以内であり、国税通則法の解釈としては、文理上、修正申告によつて更正請求期間に変動が生じると解する余地はない。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁のうち、原告が昭和五三年三月一五日から一年以内に国税通則法二三条一項に基づく更正の請求をしなかつたことは認めるが、その余は争う。

2  更正の請求の制度は、納税者の申告によつて確定する租税債権が過大であつた場合に、納税者の利益保護のためにその是正方法として設けられた制度であり、他方、その期間の制限は、租税債権を可及的かつ速やかに確定させるべき国家財政上の要請に応じるために設けられているものであるから、両者の均衡上、納税者が修正申告書を提出した場合は、提出したときから一年以内ならば更正の請求をなしうると解すべきである。このように解しても、期限内の申告によつて既に確定している租税債権には何ら影響を及ぼさない(国税通則法二〇条)から右国家財政上の要請に反しない。また、納税者の申告により確定する租税債権の是正に関し、税務署長は過大な税額を減額する更正については申告書の提出期限から五年を経過するまでなしうるとされている(国税通則法七〇条二項一号)ことからも右のように解するのが合理的である。

そして、原告は、前記のとおり昭和五四年一〇月一六日福井税務署長に対し、更正の請求をしたのである。

第三証拠<略>

理由

一  原告が昭和五二年一一月一五日福井ボイラー工業株式会社に対し本件不動産を代金一四五〇万円で売渡したこと、請求原因3ないし6の各事実(但し、同5のうち、原告が福井税務署長の指導に応じたことが不本意であつたとの点は除く)、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  <証拠略>によると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  原告は、昭和四七年一一月二〇日訴外塩田岩太郎との間で本件不動産を代金一一〇〇万円で買受ける旨の契約をし、同月二五日右代金支払のため株式会社福井銀行から金一一〇〇万円を、同年一二月以降毎月金六万円ずつ割賦返済し、昭和六三年二月二八日限り金八万円を支払つて完済するとの約定で借受け、これを右代金として塩田岩太郎に支払つた。それに伴い、原告は、昭和四七年一一月二五日塩田岩太郎から本件不動産の所有権移転登記及びその引渡を受けた。

2  原告は、当初自ら本件不動産に居住する予定であつたが、原告の老父母が転居することに反対したので同年一二月初め弟の五十嵐正明、智子夫婦をそこに入居させた。

3  原告は、前記約定に従い順次右割賦金を返済したが、昭和五二年一一月五日福井ボイラー工業株式会社に対する本件不動産の売却代金一四五〇万円のうち手付金一五〇万円を右返済に充てさらに同月一五日残代金一三〇〇万円のうち金四八四万円を右返済に充てて右借入金元利を完済した。原告は、右借入期間中に同銀行に対し右借入金の利息として合計金四〇九万一五四一円を支払つた。

三  そこで、本件不動産の取得に要した借入金利子が譲渡所得金額の計算上本件不動産の取得費に算入されるべきかどうかについて判断する。

1  所得税法三八条一項では、譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は「その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額」とする旨を規定している。資産購入のための借入金利子が右の設備費や改良費に該当しないことはいうまでもないから、結局「その資産の取得に要した金額」に該当するかどうかがここでの問題である。

2  譲渡所得に対する課税は、資産の値上りにより資産の所有者に帰属する増加益を所得とし、当該資産が他に移転する際にこれを捕捉して課税するものであるから、「その資産の取得に要した金額」とは、資産取得のために直接必要とした費用をいうと解するのが相当である。

しかるに、借入金利子は、資産の取得のために直接支出するものではなく、資産の購入資金を他から借入れたことによつて支出するものであるから、資産の取得の点からは間接的な支出にすぎない。してみると、借入金利子は、譲渡所得金額の計算上取得費には算入されないというべきである。

3  したがつて、被告が原告の本件譲渡所得についての所得税として収納した金一三六万四九〇〇円は、法律上の原因なくして被告が収納したものということはできないというべきである。

四  以上のように当裁判所は個人の非業務用資産の購入のために借入をして支出した利子は所得税法三八条一項に定める「その資産の取得に要した金額」にはあたらないものと判断するのであるが、原告は、本件不動産を未使用のまま他に譲渡したものであるから、福井税務署長は所得税基本通達三八―八を適用すべきであつた旨を主張しているので、次にこの点について検討する。

1  右通達は、「固定資産の取得のために借入れた資金の利子(賦払の契約により購入した固定資産に係る購入代価と賦払期間中の利息及び賦払金の回収費用等に相当する金額とが明らかに区分されている場合におけるその利息及び回収費用等に相当する金額を含む。)のうち、当該固定資産の使用開始の日までの期間に対応する部分の金額は、業務の用に供される資産に係るもので三七―二七(別紙基本通達その一)又は三七―二八(右同その二)により当該業務に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されたものを除き、当該固定資産の取得費又は取得価額に算入する」というものである。

そして国税庁が右のような行政解釈をして徴税実務を運用している根拠は必ずしも明白とはいい難いけれども、被告が主張しているように業務用資産の取得の場合との権衡にあると考えられる。そして右のような取扱は納税者に有利なものであつて、徴税実務が右の通達によつて運用されている以上、福井税務署長がこの通達の要件事実を誤認して、原告に対して行政指導をなし、原告がこれに応じて本件修正申告をしたものとすれば、その錯誤は客観的に重大かつ明白なものというべく、被告がこれにより収納した税金は被告の不当利得となるものと認めるのが相当である。

2  しかして、右の通達にいう「使用開始の日」とは使用利益が帰属した日と解すべきところ、当該資産が建物とその敷地である場合には、取得者においてその所有権の移転と引渡を受けた後は何時でも使用できるのであるから不法占有者が占拠しているために自ら使用できない等特段の事情がある場合をのぞき、右の所有権が移転し、引渡を受けた時に取得者にその資産の使用利益が帰属したものと認めるのが相当である。

また、右通達が借入金利子について使用開始の前後で取得費用を分つ理由は、非業務用資産の使用開始後の期間に対応する借入金利子は右資産の使用の対価(費用)に相当するものであるということにあると考えられる。

3  しかして、原告が本件不動産を取得した経緯は前記認定のとおりであるところ、本件全立証によるも前記特段の事情があつたことを認めるに足りないから、原告が本件不動産の所有権を取得し、かつ、引渡を受けた同年一一月二五日に右不動産の使用利益が原告に帰属するに至つたものと認めるのが相当である。

してみると、原告は本件不動産を取得すると同時に使用を開始したものというべきであるから、これが未使用であつたことを前提とする原告の主張も失当というほかはない。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋爽一郎 小林克美 小佐田潔)

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